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神戸地方裁判所 昭和35年(行)18号 判決

原告 平原晃次 外二一名

被告 兵庫県商工労働部職業安定課長

訴訟代理人 鰍沢健三 外五名

主文

被告が原告安武昭彦に対して昭和三五年七月九日付でなした一ケ月間俸給月額の一〇分の一の減給処分、被告が原告永野達雄、同松浦昭雄、同平原晃次、同西寅生、同亀野安彦、同小松隆一郎、同安武洋子に対して昭和三五年七月九日付でなした各戒告処分は、いずれも存在しないことを確認する。

その余の原告らの訴はこれを却下する。

訴訟費用中、原告安武昭彦、同永野達雄、同松浦昭雄、同平原晃次、同西寅生、同亀野安彦、同小松隆一郎、同安武洋子と被告との間に生じた分は被告の負担とし、その余の原告らと被告との間に生じた分は同原告らの負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が原告安武昭彦に対して昭和三五年七月九日付でなした一ケ月間俸給月額の一〇分の一の減給処分、被告が原告永野達雄、同松浦昭雄、同平原晃次、同西寅生、同亀野安彦、同小松隆一郎、同安武洋子に対して同日付でなした各戒告処分、被告がその余の原告らに対して同日付でなした各訓告処分はいずれも在しないことを確認する。仮に右請求が認められなければ、右各処分はいずれも無効であることを確認する。仮に右いずれの請求も認められなければ、右各処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求原因として、

一、原告永野達雄、同平原晃次、同西寅生、同船越勇作、同藤林多美、同藤林俊、同松本克己、同伊藤艶子、同室井宏夫、同平井英邦、同大和田朝子、同阿草弘清、同浜上浩敏は神戸公共職業安定所(以下単に神戸職安という)に、原告安武昭彦、同安武洋子、同小田垣浩司は明石公共職業安定所(以下単に明石職安という)に、原告亀野安彦は灘公共職業安定所(以下単に灘職安という)に、原告小松隆一郎、同山中弘、同小竹恵二郎は尼崎公共職業安定所(以下単に尼崎職安という)に、原告松浦昭雄、同村木歳夫は西宮公共職業安定所(以下単に西宮職安という)に、それぞれ勤務する労働省職員であり、原告らはすべて全労働省労働組合兵庫県職業安定所支部(以下単に全労働兵庫県職安支部という)に属する組合員である。

被告は、国家公務員法五五条二項、昭和三二年労働省訓令一五号に基き、労働大臣より委任を受け、兵庫県の区域内の公共職業安定所の職員たる原告らに対する任命権を有し、したがつて同法八四条により原告らに対する懲戒権を有するものである。

二、被告は原告らに対して、あたかも請求の趣旨記載の各処分(以下本件処分という)をなしたかのごとき取扱いをしているが、次のような理由により、本件処分はその成立要件を欠き、そうでなくてもすでに消滅したものであつて、存在しないものである。仮に存在しているものとしても、本件処分は重大かつ明白な瑕疵があるから当然に無効である。また仮に無効ではないにしても、本件処分は取消されるべきものである。すなわち、

(一)、原告らは被告から本件処分の通知を受けていない。

もつとも、被告は昭和三五年七月一三日ないし同月一五日頃本件処分書を原告らに対して郵便で発送した事実はある。しかし、右処分書が原告ら(但し原告平原ほか一、二名の原告を除く)に到達しない間の同月一六日兵庫県商工労働部職業安定課庶務係長本岡良三は原告らに対し、右処分書の送達手続をとり止め、発送済みの右処分書は郵便局から回収するようにするが、もし右回収ができず右処分書が原告らに送達されたときは、これを持参すれば回収する旨を通告した。(なお、右通告の際、原告小松はその場に不在であつたが、同原告は右のごとき通告を受けることを含む被告側との本件処分についての交渉一切につき全労働兵庫県職安支部長たる原告安武昭彦に委任し、同原告が原告小松に代つて右通告を受けた。)そして、右本岡は事務官を神戸中央郵便局につかわして右処分書を回収しようとしたが、時すでに遅く、右回収はできず、右処分書は原告らに郵送されてきたので、原告らは、あるいは、その受領を拒絶し、あるいはこれを受領の上右通告に従い同月一八日前記庶務係員に持参して受領してもらつた。本岡庶務係長の右通告は、本件処分を消滅させる効果を生じるものではないが、処分書の交付手続の中止を宣言したものであるから、右通告の後に処分書が原告らに郵送されても、右通告によつて処分書の交付としての効果は発生しなかつたものというべきである。けだし右庶務係長は被告から本件処分書の交付という事務手続につきこれを行う権能が与えられていたのであるから、右手続の履践を当初から行わないことができ、また一旦これを行いかけても、その完了前すなわち本件処分の成立前にはこれを中止することができる。したがつて前記処分書交付中止の通告は、その権限あるものがなした有効なものである。仮に右本岡庶務係長に右のような権限がなかつたとしても、右通告は原告らに利益なものであることは明白であり、かつ文書取扱いの担当者である庶務係長が課長不在中に課長補佐と相談の上なしたもので原告らがこれを信用したことは当然であつたから、右通告は有効なものとして取扱われるべきである。すなわち、一般に行政処分が適法有効であるためにはこれを行うものにその権限がなければならないことを原則とするが、相手方に利益を与える処分の如きは相手方の信頼を保護し法的安定を図るために無権限者の処分であつてもこれを有効として取扱わねばならず、本件の場合は将に右の場合に該当するからである。そうすると、前記本岡庶務係長が前記処分書交付の中止を通告したことにより、その後になされた原告らへの本件処分書の郵送は、処分書交付としての効力がない。

原告平原らほか一、二名の原告らについては、右通告のなされる前に、その自宅に本件処分書が在中すると思われる郵便物が配達されたが、右原告らは勤務中で自宅に不在であつたので、右郵便物は返送された。したがつて、右原告らに対しても本件処分書の交付はない。

そのほか、原告小松、同山中、同小竹、同松浦、同村木は、その所属の職業安定所長から呼ばれて突然本件処分理由を伝達されかけようとしたが、処分書を交付されようとしたことも、これを見せられたこともなく、また処分の内容及び理由について右原告らが確知できるような説明を受けたこともない。

以上のほか、原告らが本件処分書の交付または本件処分内容の告知を受けた事実はない。

したがつて、本件処分は、原告らに対する通知がないから、その成立要件を欠き存在しないというべきであり、仮に存在しているとしても重大かつ明白な瑕疵があるから当然に無効であり、仮に当然に無効でなくても取消されるべきである。

(二)、仮に右(一)の主張が認められないとしても、本件処分は被告事務代理平田武雄によつて取消され、あるいは撤回された。すなわち、

被告事務代理平田武雄は昭和三五年七月一八日原告らに対し、口頭で本件処分は取消す旨あるいは撤回する旨の意思表示をなし、更に本件処分はこれを撤回することを確認する旨を記載した確認書を原告らに手交した。(なお、その際、原告永野、同松浦、同小竹、同船越はその場に不在であつたが、同永野、同松浦、同小竹は全労働兵庫県職安支部長たる原告安武昭彦に、同船越は同支部書記長原告平原に右意思表示を受けることを含む被告側との本件処分についての交渉一切につき、委任し、右原告安武及び同平原が右委任をなした原告らに代つて右意思表示を受けた。)

(1)、右平田の意思表示は、前記本岡庶務係長が処分書交付中止の通告をなし処分書が回収された後になされたものであるから、本件処分が未だ行われていないことを前提として、将に行おうとした本件処分をとりやめ、処分の意思がないことを表明した趣旨のものであるが、当時すでに本件処分が成立していたとするならば、本件処分の無効を確認宣言する趣旨でこれを取消したものである。行政処分が無効であつても一応存在し、外観上効果を生じうるような疑いのあるとき、被処分者の利益と法律関係の安定をはかる目的から前記のような趣旨で行政処分の取消をなすことは一般に認められるところである。

(2)、仮に右平田の意思表示当時本件処分が有効に成立していたものであつたとしても、本件処分は、平等取扱、公正の原則に違反し、かつ安保闘争において憲法に従い正しく行動した原告らを処分する著しく不当なものであつたから、前記平田の意思表示は、そのことを理由に、職権で本件処分を取消した趣旨のものである。

(3)、仮にそうでなくても、当時かような著しく不当な本件処分を存続させると、職場が混乱し事務の遂行にも支障をきたす虞れがあつてこれを放置できない事情にあつたので、前記平田の意思表示は、同人が右事情を考慮して本件処分を撤回した趣旨のものである。被告は懲戒処分の撤回は法律上ありえないと主張するが、訴願に対する裁決等準司法的意味を有するものを例外として、行政処分は自由に撤回しうるものと解せられ、懲戒処分も、これに実質的確定力または不可変更力はなく、処分権者によつて自由に撤回しうるものと解すべきである。

(4)、また仮に右通告が本件処分を撤回することを約束した趣旨に止まるとしても、そのような約束がなされた後においては本件処分は重大かつ明白な瑕疵が生じるに至つたというべきである。

したがつて、本件処分は、仮にそれが有効に成立したものとしても、右平田の取消または撤回によつて、消滅し現に存在しないものというべきであり、仮に存在しているとしても重大かつ明白な瑕疵があるから当然に無効であり、仮に当然に無効でなくても取消されるべきである。

三、次に本訴の適法性について付言する。

(一)、不存在確認訴訟について

一般に行政処分が存在しないのに、当該行政庁が存在するものとして取扱いまたはそのような虞れがある場合は、被処分者において、そのような不利益な取扱いを排除して自己の地位の安定をはかるために行政処分の不存在確認訴訟を提起することができる。本件はまさに右の場合に該当する。この場合においても行政処分の無効確認訴訟しか提起できないとするのは、論理的ではない。すなわち、行政処分について、その存否と効力の問題が区別される限り、処分の効力について争うのはその存在を前提としているわけであり、効力以前に処分の存否自体に問題があれば、まずこれについて争うのが論理的であるからである。

(二)、訓告処分の不存在、無効、取消を求める訴について

本件訓告処分は、もとより国家公務員法八二条に規定する懲戒処分ではないが、これも公務員関係における秩序維持を目的として公務員の義務違反行為に対して科せられる懲戒的処分で、その性質において同条規定の戒告処分と異るものではなく、それ自体被処分者に不名誉なものであるばかりではなく、これが基礎となつて昇給延伸、降任その他身分上の不利益な取扱いがなされる虞れがある。したがつて、訓告処分につきその不存在、無効、取消を求めることは許されてしかるべきである。

(三)、取消訴訟について

原告らが本件処分につき人事院に対する審査請求の手続を履践していないことは被告主張のとおりであるが、そのことについては旧行政事件訴訟特例法二条但書にいう正当な事由がある。すなわち、原告らはまず本件処分が存在しないことを主張し、予備的にその取消原因があることを主張しているものであつて、かゝる場合人事院に対して本件処分の取消を請求しようと思えば、その前提として本件処分が存在することを自認しなければならず、後に提起する不存在確認訴訟において事実上の不利益を招くことを免れがたい。かゝる場合においては前記訴願を経ないことにつき正当の事由があるというべきである。したがつて本件取消訴訟は不適法のものではない。

四、以上の次第であるから、原告らは、第一次的に本件処分の不存在確認を求め、第二次的にその無効確認を求め、第三次的にその取消を求める。

と述べ、

前記被告事務代理平田武雄がなした前記本件処分の取消または撤回は、同人が判断力を失つた状態で組合員の強要するまゝになしたもので無効であるとの被告の主張は否認する、

と述べた。

被告指定代理人は、本案前の申立として「本訴のうち、本件処分の不存在確認及び取消を求める部分並びに本件処分のうち訓告処分の無効確認を求める部分は、いずれもこれを却下する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、本案の申立として「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、本案前の答弁として、

一、ある行政処分が無効である場合に、その表見的な存在を除去するための無効確認訴訟が抗告訴訟の一種として許されるものであることは学説、判例の肯認するところであるが、単にある行政処分が表見的に存在するか否かは一の事実問題にすぎない。行政処分が存在しないと確認されただけでは、原告らの法律上の地位の安定に何ら寄与するものでないから、かゝる訴は確認の利益を欠き不適法なものといわねばならない。

二、次に訓告処分なるものは、義務違反の行為があつた職員に対して監督の地位にあるものがこれを指摘して将来を戒める行為ではあるが、国家公務員法八二条にいうところの懲戒処分ではない。すなわち、訓告処分は単なる事実上の行為にすぎないものであつて職員の地位に対して何らの影響も与えるものではないのである。したがつて、訓告処分の無効確認及びその取消を求める訴は不適法なものといわねばならない。

三、次に、国家公務員が懲戒または不利益な処分を受けた場合には、国家公務員法九〇条により人事院にその審査を請求することができるとされている。しかるに原告らは本件処分につきこの手続に及んでいないから、本件処分に対する取消の訴は行政事件訴訟特例法二条に違反し不適法なものといわねばならない。

と述べ、本案の答弁として、

一、請求原因第一項の事実は認める。

そうして、昭和三五年六月当時被告たる兵庫県商工労働部職業安定課長は奥田清であつたが、同月二三日から同年七月二四日まで同人が海外出張する間、同県同部失業保険課長平田武雄が右職業安定課長事務代理を命ぜられ、同人は同月一八日後記のとおり病院に入院するに至るまで右事務代理の地位にあつた。

二、同第二項(一)の事実について

被告は原告らに対し昭和三五年七月九日付で本件処分をなし、懲戒処分を受けた原告に対しては処分書及び処分説明書を、訓告を受けた原告らに対しては訓告の書面を次のとおり交付した。

(一)、原告亀野に対しては、同月一三日兵庫県商工部職業安定課長室において、同課長事務代理平田武雄から処分内容を説明し、懲戒処分書は同原告所属の灘職安において同所長から交付するから直ちに帰所して受領するよう指示したのであるが、同原告が帰所しなかつたので、右処分書と処分通知書は同月一五日同原告の自宅あてに郵送された。

(二)、原告安武昭彦に対しては、同月一三日前記職業安定課長室において前記平田から処分内容を説明し、懲戒処分書を交付しようとしたが、同原告はその受領を拒絶したので、右処分書と処分説明書は同月一五日同原告が常駐する神戸職安内の全労働兵庫県職安支部事務所あてに郵送された。

(三)、原告安武洋子に対しては、同月一四日明石職安所長室において同所長から処分内容を説明し懲戒処分書を交付しようとしたが、同原告はその受領を拒絶したので、右処分書と処分説明書は同月一五日同原告の自宅あてに郵送された。

(四)、原告小松、同山中、同小竹に対しては、同月一三日尼崎職安所長室において同所長から処分内容を説明し処分書を交付しようとしたが、右原告らはその受領を拒絶したので、原告小松に対する懲戒処分書と処分説明書、同山中、同小竹に対する各訓告の書面は同日右原告らの自宅あてに郵送された。

(五)、原告松浦、同村木に対しては、同月一三日西宮職安所長室において同所長から処分内容を説明し、処分書を交付しようとしたが、右原告らはその受領を拒絶したので、原告松浦に対する懲戒処分書と処分説明書、同村木に対する訓告の書面は同日右原告らの自宅あて郵送された。

(六)、原告永野、同平原、同西に対する各懲戒処分書と各処分説明書、その余の原告らに対する各訓告の書面は同月一五日右原告らの自宅あてに郵送された。

そうして、同月一六日前記職業安定課庶務係長本岡良三は原告らを含む全労働兵庫県職安支部組合員らの強要にあつて、前日郵便に付した前記処分書を郵便局から回収する手続をとつてみること、そしてすでに原告らに配達された処分書は持参すれば預ることを表明した。しかし、右郵便局からの回収は不能であつたし、また右本岡は右約束に従い一旦原告らに到達した処分書の返戻を受けてこれを預つたが、右本岡には本件処分を撤回する権限がないのであるから、右本岡の行為によつて本件処分がなかつたことにはならない。

したがつて、本件処分は原告らに対する通知を欠くから、存在しない、または無効である、または取消されるべきであるという原告らの主張は失当である。

三、請求原因第二項(二)の事実について

(一)、原告らは、被告事務代理平田武雄は昭和三五年七月一八日本件処分を取消し、またはこれを撤回したと主張するが、かかる事実は否認する。もつとも右平田が同日、全労働兵庫県職安支部組合員ら約六、七〇名の面前で、本件処分についてはこれを撤回することを確認する旨を記載した確認書(甲第一号証の一)に署名捺印したことはあるが、これは、右平田が右組合員との間で、本件懲戒処分(訓告処分は含まれない)を撤回する手続をとることを約したに止まり、原告らに対して右撤回の効果を生ぜしめるためにどのような措置を講ずるかは、改めて右組合と協議する約束であつたところ、その後後記のとおり右平田が病院に入院してしまつたために、右約束は果されなかつた。

(二)、したがつて、本件処分の取消または撤回の事実があつたものとはいえないが、仮にかかる事実があつたとしても、それは法律上無効である。すなわち、懲戒処分は、過去の事実に対する行政罰なのであるから、これを特免するには法律の規定があつて始めてなしうることであり(昭和二七年法律第一一七号公務員の懲戒免除等に関する法律参照)、懲戒権者が被処分者の事後の情状によつてその撤回につき裁量しうべき性質のものではないからである。

(三)、また、仮に前記平田の約束をもつて懲戒処分に随伴する昇給延伸等の不利益を将来に向つて回復するための措置を講ずべきことの約束と解しても、これが無効であることは国家公務員法八九条二項に照して明白である。

(四)、また、前記平田の本件処分撤回についての約束は、同人が判断力を全然失い、前記組合員の強要するままに、その意思なくなしたものであつて、無効である。すなわち、右平田は、同年六月二九日、同年七月九日、同月一一日、同月一二日、同月一三日の五回に亘り前記組合員から本件処分反対の吊し上げを喰い肉体的、精神的に相当弱つていたが、同月一八日には午前一〇時頃から前記組合員に外部団体のものも加え約六・七〇名が職業安定課長室に押しよせ、右平田一人をとり囲んで、机を叩き、同人の坐つていた椅子をゆさぶり、怒声を浴せかけ、同人が便所へ行くにも監視をつけ、同人が昼食時に室外に出ることも許さず、同人に本件処分の撤回を強要したので、同人は、絶えず浴せかけられる怒号と人息と熱気にあてられ、懲戒処分の撤回なる行為性質はもとより、かかる行為によつて処分者、被処分者ひいては国家行政組織に及ぼす影響についての判断力を失うにいたり、同日午後四時過ぎ組合員の強要するままに、本件処分はこれを撤回する手続をとること、その具体的方法については、暫時休憩した後、午後六時から組合幹部と協議することを約し、組合員に求められるままに、組合員側で起案した前記確認書に捺印した。そして、組合員の包囲から解放された右平田は直ちに商工労働部長室に赴いたが、同室における同人は、椅子にくずれるように坐り込み、焦燥と不安、恐怖の色を面にうかべて、極めて落着きがなく、一見して異常な様子であつたので、直ちに同人は周囲の人々にすすめられて神戸医科大学付属病院精神科の診断を受けたところ、心因性うつ病に罹つていることが判明したので、直ちに右病院に入院した。そして同人は同年八月一八日まで右病院で入院加療し、退院後も同年一〇月一六日まで自宅で療養を続けた。かかる次第であるから、右平田がなした本件処分撤回についての約束は無効である。

(証拠省略)

理由

一、本件訓告についての訴の適否

文書の方式及び趣旨により公務員が職務上作成した公文書と認められるから真正に成立したものと推定される乙第六号証の九ないし二三によると、本件訓告は、「その名宛人が違法な職場大会または職場集会に当局の警告を無視して勤務時間中に参加したことはまことに遺憾である。今後かかることを再び繰返さないよう厳に留意し、国家公務員として良識ある行動をとられたい。」という趣旨のものであつて、その内容において人事院規則一二―〇、四条の定める懲戒処分としての戒告と差異がないものであるが、本件訓告が国家公務員法八二条に定める懲戒処分としてなされたものではないことは当事者間に争いがないから、これは、懲戒処分としての法的効果を生じないものであり、そのほか被処分者に対し何らかの義務を課すとか権利行使を妨げる等の法的効果(例えば、人事院細則九―八―二、二一条五号)を生ずるものではない。もつとも、本件訓告が、それによつて被処分者の名誉、信用を害することは否定できない。

行政事件訴訟法三条は「無効等確認の訴え」及び「処分の取消しの訴え」の対象となる行政庁の行為につき「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」と規定している。

右規定にいう「行政庁の処分」といいうるためには、当該処分がそれ自体において直接の法的効果を生ずるものでなければならないと解せられるところ、本件訓告が直接の法的効果を生ずるものではないことは前述のとおりであるから、本件訓告は右規定にいう「行政庁の処分」ということはできない。

また、前記規定によつても、公権力の発動としてのすべての事実行為が無効等確認訴訟または取消訴訟の対象となるとは解せられず、そこに右訴訟の特質に内在する一定の制約が存在し、右訴訟の対象となる事実行為といいうるためには、当該行為によつて侵害される利益が、国民の自由権や財産権のごとき、当該行為の無効等確認または取消によつて救済する必要のある法律上の利益といいうるものでなければならないのは当然である。本件訓告によつて侵害される利益が、被処分者の名誉、信用であるにすぎないことは前述のとおりであつて、かかる利益は前記法律上の利益であるとは解せられない。したがつて、本件訓告は、無効等確認訴訟及び取消訴訟の対象になりうる事実行為であるということもできない。

以上の次第であるから、原告阿草弘清、同船越勇作、同藤林多美、同藤林俊、同松本克己、同伊藤艶子、同室井宏夫、同浜上浩敏、同平井英邦、同大和田朝子、同小田垣浩司、同村木歳夫、同小竹恵二郎、同山中弘が本件訓告についてその不存在確認、無効確認ないし取消を求める各訴は不適法である。

二、そこで以下本件減給及び戒告処分(以下本件懲戒処分という)についての請求につき判断する。

原告らがその主張の各公共職業安定所に勤務する労働省職員で、全労働兵庫県職安支部に属する組合員であることは当事者間に争いがなく、被告は、国家公務員法五五条二項、昭和三二年労働省訓令一五号により、労働大臣より委任を受け、原告らに対して任命権を有し、したがつてまた同法八四条により原告らに対し懲戒権を有するものである。そして、昭和三五年六月当時被告たる兵庫県商工部職業安定課長は奥田清であつたが、同月二三日から同年七月二四日まで同人が海外出張する間、同県同部失業保険課長平田武雄が右職業安定課長事務代理を命ぜられ、同人は同月一八日後記のとおり病院に入院するに至るまで右事務代理の地位にあつたことは、原告らにおいて明らかに争わないので自白したものとみなす。

三、そこで、本件懲戒処分が被処分者である各原告に到達したか否かについて判断する。

(1)、成立に争いのない乙第一一号証の一ないし五、第一三号証の一ないし四、第一六号証の一ないし三、第一七号証の一ないし四、第一八号証の一ないし七、第一九号証の一、二、原告平原晃次、同西寅生、同小松隆一郎、同亀野安彦、同松浦昭雄の各本人尋問の結果を総合すると、原告松浦に対する本件懲戒処分書及び処分説明書は同三五年七月一三日に、同平原、同西に対する右同様の書面は同月一六日に、同安武洋子、同亀野、同小松に対する右同様の書面は同月一七日に、それぞれ右各原告の自宅に配達証明郵便により一旦配達されたが、これに先立ち、本件懲戒処分書が自宅宛に送達されることを予知していた右原告ら、またはそのことを右原告らから聞き及んでいたその家族らは、右郵便物をそれが本件懲戒処分書在中のものと察知してその受領を拒絶し、これが差出人に返送されたことを認めることができ、右認定に反する原告安武洋子本人尋問の結果は措信できず、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

右事実によると、原告松浦、同平原、同西、同安武洋子、同亀野、同小松に対する各本件懲戒処分書及び処分説明書は一旦右各原告の自宅に郵便により配達されたのであるから、右各本件懲戒処分書及び処分説明書は右原告らの了知しうべき状態におかれたものというべく、これにより右各書面はそれぞれ右各原告らに到達したものというべきである。そして、前記認定のごとき郵便物の受領拒絶の事実は、右結論を左右するに足りるものではない。

もつとも、証人本岡良三、同畑逸郎、同原田稔の各証言、原告平原晃次本人尋問の結果を総合すると、兵庫県商工労働部職業安定課庶務係長本岡良三は同三五年七月一六日、被告事務代理平田武雄の上京中に、原告らに対し、本件処分書の発送手続を中止し、既に発送した本件処分書は郵便局から回収する手続をとつてみること、すでに原告らに配達された処分書は持参すれば預るという趣旨のことを約束したこと、右処分書の郵便局からの回収はその手続上できなかつたことを認めることができる。しかし、右本岡庶務係長の約束は、同人が本件懲戒処分につき権限を有するものではない以上、何らの効果も生じないものである。

すると、原告松浦、同平原、同西、同安武洋子、同亀野、同小松に対する本件懲戒処分は、右各原告に到達し、その効力が発生するに至つたというべきである。

(2)、しかし、成立に争いのない乙第一五号証の一ないし三、証人本岡良三の証言、原告永野達雄本人尋問の結果によると、原告永野に対する本件懲戒処分書及び処分説明書は、同三五年七月一五日配達証明郵便で同原告の自宅宛発送されたところ、その頃同原告に転居の事実がないのに、右郵便物は同月一八日転居先不明の理由で郵便局から差出人に返送されたことを認めることができるが、右郵便物返送の事情についてはこれを明らかにする証拠がない。すると、右認定事実のみによつては、同原告に対する本件懲戒処分書及び処分説明書が、同原告の了知するところとなつたともまた了知しうべき状態におかれたともいうことができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

また成立に争いのない乙第一二号証の一ないし六、証人本岡良三の証言、原告安武昭彦、同安武洋子(後記措信しない部分を除く)各本人尋問の結果によると、原告安武昭彦は当時全労働兵庫県職安支部長であつたところ、同原告に対する本件懲戒処書及び処分説明書は、同年七月一五日配達証明郵便で、神戸職業安定所内の右支部事務局気付で同原告宛発送されたが、右郵便物は同原告が勤務する明石公共職業安定所へ転送され、同月二〇日同安定所勤務の原告安武洋子(当時大橋洋子)が同安武昭彦の代理人と称して右郵便物の受領を拒絶し、これが郵便局より差出人に返送されたことを認めることができ、原告安武洋子本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信できない。しかし、原告安武洋子本人尋問の結果によると、原告安武洋子は前記郵便物の受領拒否の当時、同安武昭彦と結婚していなかつたことを認めることができ、かつ右の当時同安武昭彦が同安武洋子に対し本件懲戒処分書の受領に関し何らかの指示を与えていたことを認めるに足りる証拠はない。すると、前段認定の事実のみによつては原告安武昭彦に対する本件懲戒処分書が同原告の了知するところとなつたとも、また了知しうべき状態におかれたともいうことができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。(同三五年七月一三日被告事務代理平田武雄が職業安定課長室において原告安武昭彦に対し懲戒処分書を交付しようとしたところ、同原告がその受領を拒否したとの被告の主張についても、これを認めるに足りる証拠はない。)

そして、国家公務員に対する懲戒処分は、職員に文書を交付して行わなければならないことは人事院規則一二―〇、五条に規定するところであり、右認定の事実によると、原告永野、同安武昭彦に対する本件懲戒処分書が右各原告に交付されたと認めることはできないから、右各原告に対する本件懲戒処分はその効果を生じないものといわねばならない。

四、次に被告事務代理平田武雄が本件懲戒処分を有効に取消したか否かについて判断する。

(一)、成立に争いのない甲第一号証の一、三、証人岡本剛、同本岡良三、同平田武雄、同原田稔の各証言、原告安武昭彦、同永野達雄、同平原晃次、同西寅生、同亀野安彦、同小松隆一郎、同松浦昭雄、同安武洋子の各本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができる。

(1)、被告事務代理平田武雄は、同三五年六月二八日課長補佐岡本剛を上京せしめ、同年七月四日には自ら上京の上、労働省に対し、全労働兵庫県職安支部の各分会がいわゆる安保改訂反対闘争の一環として、同年六月四日、同月一五日、同月二二日の三日に亘り勤務時間に喰い込む職場大会を開催したことの詳細を報告し、労働省(本省)から、右支部組合員のうち原告らに対し懲戒的処分を行うよう指示を受け、そのころ、本件処分を行う意思を決定していたこと。

(2)、全労働兵庫県職安支部では、同年六月末頃、前記安保改訂反対闘争に参加した右支部組合員に対し何らかの懲戒的処分がなされることを察知し、同年六月二九日右支部役員五名が、同年七月九日右支部組合員七、八名が、同月一一日右組合員二十数名が、同月一二日右組合員に若干の外部団体のものを加え約六、七十名が、同月一三日右支部役員五名が、それぞれ職業安定課長室で前記平田と面会し、前記懲戒的処分は憲法に従つて行動した国家公務員を処分するもので不当である。また他の府県の場合に比べて被処分者の範囲が広すぎ不公平である等と主張し、もし右処分を強行するならば、組合は組織を上げて闘う旨を宣言し、前記処分をしないよう激しく平田に要求したこと。

(3)、これに対して、平田は、前記のとおり同年七月四日頃本件処分の意思を決定していたが、その後に前記のとおり前記組合から強い要求を受け、かつ自らも兵庫県の場合他府県に較べて被処分者の範囲が広いことを遺憾に思つていたこともあつて、同月一二日右組合の要求の趣旨を本省に伝え、その新たな指示を仰いだところ、本省からは本件処分を強行せよとの指示を受けたので、止むなく、右指示に従い本件処分を行うことの決意を固め、同月一三日管下の各職業安定所長に、更に同月一五日本岡庶務係長に、本件処分書の交付方を命じたこと。

(4)、ところが、同月一六日前記認定のとおり本岡庶務係長が本件処分文書発送中止の約束をなしたので、平田は、同月一七日各職業安定所長及び本省の意見を聞いた上、自信をもつて、右本岡の約束が無効のものであると考え、翌一八日そのことを前記支部組合員に言明し、かつ右組合に自粛を求めようと決意したこと。

翌一八日、平田は、右目的のため、右組合員と午前一〇時頃から職業安定課長室において面会したが、これに外部団体のものも加わり六、七十名となり、右組合員らは、平田に対し、本件処分が前記のとおり不当、不公平なものであると主張して本件処分を撤回するよう執拗に要求して譲らなかつたので、平田は、前記決意の程を示すことができず、同日午後四時頃に至り遂に、本件処分に関する右組合との紛争を拾収して右組合との関係を円滑なものに復し、業務の平常を戻すためには、本省の指示に反しても、本件処分を取消すよりほかに途はないものと考えるに至り、右組合員らに対し、お互いに本件処分のことで相対立していることは良くないし、またそのために業務に支障があることはお互いに望ましくない。これからはそういうことなく皆お互いに仲良くしたい。そのために本件処分は自分が決心して撤回しようという趣旨のことを述べ、更に組合側の要請に応じて右意思表示をなしたことを文書で確認することとし、まず、組合側において、七月九日付をもつて行つた懲戒処分については双方協議の結果これを撤回することを確認する、という文言の確認書(甲第一号証の三)を作成して、これを平田に示したところ、同人は、右撤回は自分の責任においてなすのであるから、右「双方協議の上」という文言は抹消してくれと言つたので、右確認書の文言から「双方協議の上」という文言を削除した文言の新たな確認書(甲第一号証の一)を作成し平田に示したところ、平田は、これに納得して、その自己名下に岡本課長補佐をして自己の印を押捺させ、また原告らを代理して全労働兵庫県職安支部長たる原告安武昭彦がこれに署名したこと

平田は本件処分を撤回すると言明し、また右確認書にも右と同様の文言が使用されているが、当時平田は行政処分の取消と撤回の区別について知識がなく、右撤回の語を、本件処分の効力を処分時に遡及させて消滅させること、すなわち取消の趣旨で使用したものであること、

(5)、原告松浦は前記七月一八日の交渉の際これに参加していなかつたが、自己に対する本件懲戒処分に関する同日の被告側との交渉一切につき前記支部長たる原告安武昭彦に委任しており、後日同原告から、平田が本件処分を取消した旨の報告を受けたこと、原告安武昭彦、同平原、同西、同安武洋子、同亀野、同小松はいずれも前記七月一八日の交渉に参加し、平田から直接本件処分取消の意思表示を受けたこと。

以上(1)ないし(5)の事実を認めることができ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右認定事実によると、被告事務代理平田は、昭和三五年七月一八日本件懲戒処分を取消す旨の意思表示をなし、これは原告松浦、同平原、同西、同安武洋子、同亀野、同小松に到達したものというべきである。

(二)、次に、本件懲戒処分(前記成立の認められないものを除く)に瑕疵があることを認めるに足りる証拠はないところ、かゝる瑕疵なき本件懲戒処分の職権による取消が有効なものであるか否かについて判断する。

一般に行政処分の職権による取消が許されるのは、当該処分に瑕疵ある場合に限られる。しかし、本件懲戒処分のような国家公務員に対する懲戒処分の取消については、それによつて、被処分者の権利が侵害されるものでも、被処分者に義務が課せられるものでもなく、また第三者の権利関係に影響があるものでもなく、一旦なした処分を取消すことが当該特別権力関係内部における法的秩序の客観的安定の見地から問題とされるにすぎない。そして、かゝる特別権力関係内部の法的秩序に関する問題は、その内部規律の問題として、懲戒権者の自由裁量に任せるのが相当と考えられる。そうすると、国家公務員に対する懲戒処分を取消すかどうかは、処分に瑕疵がある場合か否かにかゝわらず、懲戒権者の裁量に任せられているというべきである。

そうすると、本件処分につき瑕疵が認められなくても、これを取消した右平田の処分を無効であるということはできない。

(三)、次に、被告は、前記平田がなした本件懲戒処分の取消は、同人が判断力を失い、組合の強要するまゝに、その意思なく、なしたものであるから、無効であると主張するので、判断する。

証人黒丸正四郎の証言によつて成立の認められる乙第二号証、第三号証、第四号証の一、二、証人黒丸正四郎、同本岡良三、同平田武雄の各証言、鑑定人有岡巌の鑑定の結果を総合すると、前記平田は、前記認定のごとく、同三五年六月末頃から本件処分に関し組合と交渉をもち、同年七月一一日、同月一二日の交渉においては、参加組合員も多数で、長時間に亘り、組合の追求も厳しかつたので、同月一一日頃から組合対策についての悩みが深まり次第に不眠、食欲不振におそわれるようになつたこと、また同月一八日の交渉は、参加者が組合員の外外部団体のものも加わり六、七十名に達し、午前一〇時から休みなく続けられ、組合の追求は最も厳しく、その間個人的非難やら卑怯だとか、もし処分を強行すれば明石(平田の住所地)に居りづらくなるぞとかの言辞まであびせられる等したために、平田は、前記認定のとおり本件処分を取消す旨の意思表示をなした午後四時頃には、相当強度の心身の疲労に陥つていたこと、また、平田は、右取消をなした後、組合側とその後の事務処理につき午後六時から再び話し合うことを約し、一旦休憩に入り、暫時他の事務処理をなした後、上司である兵庫県商工労働部長に本件処分を取消したことを報告し、組合の言いどおりになつて申し訳けないと謝つたところ、右部長から「えらいことしてくれたなあ、君のしたことは間違つている」と指摘され、自分のとつた措置が誤つていたと気付き、急に心身の疲労を感じ右部長らからすすめられて直ちに神戸医科大学付属病院に入院したこと、右入院当初、平田は、感情の抑うつ状態がみられ、声は低く、悲観的、厭世的で、不安感、焦燥感、罪業感が強く、自殺のおそれがあり、また被害妄想、注察妄想もありこれらの症状から心因性うつ病と診断されたこと、を認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。

しかし、前記(一)の(1)ないし(4)において認定した本件処分を取消すに至るまでの平田の行動、特に、平田が七月一八日の交渉にあたるに際し、本岡庶務係長のなした処分書発送中止の約束が無効であることに自信をもち、そのことを組合に言明し、組合の自粛を求める決意を有していたこと、平田が、本件処分取消の確認書を作成するにあたり、確認書中の双方協議の上という文言を、右取消は自己の責任でするのであるからといつて、自ら要求して削除させたこと、平田が右取消を決意するに至つた動機、更に前記認定した本件処分取消後病院に入院するに至るまでの平田の行動に関する事実に、証人平田武雄、鑑定人有岡巖の各証言、鑑定人有岡巖、同高臣武史の各鑑定の結果を綜合すると、平田は、七月一八日の交渉の初期には建設的かつ積極的な意欲を示し、本件処分取消の確認書作成にあたつても、またその直後においても、その事態に達した計画性及び行動を示していて、本件処分取消当時、平田の判断力に著しい障害はなかつたこと、そして前記入院当初の著しい判断力の障害は、前記商工労働部長から指摘されたことが直接の誘因となつて出現したものであることが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

すると、本件処分を取消した平田に、右取消当時、右取消行為を無効としなければならないほどの判断力の障害すなわち意思の欠缺があつたものということはできない。

(四)、そうすると、本件懲戒処分は、その処分権者によつて有効に取消され、消滅に帰したものというべきである。

五、そうすると、原告安武昭彦、同永野に対する本件懲戒処分はその成立要件を欠き、また原告松浦、同平原、同西、同安武洋子、同亀野、同小松に対する本件懲戒処分は消滅に帰し、いずれも現に存在しないものというべきであるから、右各原告が右各本件懲戒処分の不存在確認を求める各請求は理由があるのでこれを認容し、右処分の無効確認及び取消の請求については判断せず、その余の各原告が提起する本件訓告についての訴は不適法として却下し、訴訟費用につき民事訴訟法八九条九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村上喜夫 桑原勝市 墨田直行)

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